君との「もしも」を今も夢見ている

 時々、アスカの夢を見る。他愛ないことに二人で笑い合う優しい夢の時もあれば、嫌だと泣くアスカに拒絶されながらも自分の欲望を押し通す酷い夢の時がある。酷い夢を見て目覚める朝はだいたいが晴れの日で、アルフォンスの心とは正反対の清々しい空を見せつけてくる。
 そして今日は晴れの日。上体を起こしては深く息を吐く。徐に目元を覆うと額や首筋、背中もじっとりと汗をかいていた。今日は一段と酷い夢だった。これが現実でなかったことに心の底から安堵した。
 アスカの身を引き寄せ、人の目も気にせずキスを強いる。逃げようとするアスカの手首を腰から外した剣帯で締め上げて、周りに見せつけるようにじっくりと愛で上げるのだ。

「僕は何でこうも……」

 あまりの酷さに自己嫌悪を募らせてしまう。現実はアスカに触れたいと思うものの、アスカが嫌がることは絶対にしたくないからだ。向けられる眼差しの温かさを知っているからこそ、嫌がるアスカに無理を強いる酷い夢というのはアルフォンスにとって悪夢でしかない。何度目かの溜息を吐くと、コンコンと扉を叩く音が室内に響く。

「アスカです。アルフォンス、起きてますか?」
「あ、ああ、起きてるよ。少し待ってくれ」

 寝台から慌て出ると、寝ぐせは無いか手で髪を掻き梳きながら扉の前に立つ。どんな顔をして会えば良いのだろうと考えている暇など無いアスカの来訪に、アルフォンスの胸内は焦るばかりだった。あまり待たせたくない。そんな気持ちから扉を開けば、少し視線を落としたところにいつものアスカの笑顔があった。そのアスカのいつもの温かな眼差しに先まで落ち込んでいた気持ちも途端に薄れていく。とくとくと感じる胸の音が心地好い。

「おはようございます、アルフォンス。まだ寝てました?」
「ああ、うん、おはよう。アスカが来る少し前に起きたばかりでね。こんな格好ですまない」
「ごめんなさい、いつもアルフォンスは朝早いから甘えてしまいました」
「うん、構わないよ」

 今日は忙しくて返しに来られないかもしれないからと、アスカは先日アルフォンスが貸し与えた本を差し出してきた。幼い子が読む挿絵の多い本だ。

「もう読み終わったのかい?」
「はい! だいぶ躓かず読めるようになってきました。面白かったです!」

 アスカの居た異界とアルフォンスの居る異界とでは使われている文字が違う。そのことに気付いてから、アルフォンスはアスカに読み書きを教えることにした。言葉は通じるとはいえ、文字は至る所にあり、また必要になる。文字を覚えるには書くことよりも読み親しむことから始める方が楽しく覚えられるだろうと、幼い頃に何度も読み親しんだ本を探してはアスカに貸し与えていたのだ。

「次の本、借りていくかい?」
「はい!」

 アスカの嬉しそうな顔に、アルフォンスも微笑んだ。途端にアスカが俯く。突然の変りぶりに以前は戸惑うしかなかったが、打ち解けてきた今となっては微笑ましいものにしか見えなくなっていた。「アスカ」と顔を寄せて名を呼ぶと、ゆっくりと赤らんだ顔が上がる。口をきゅっと結び悩まし気なアスカの顔が可愛らしい。そして愛しいと思う。
 今触れても大丈夫だろうか。ほんの少し――頬を掠める程度に触れても大丈夫だろうか。アスカにどの程度まで受け入れられているのか、度々知りたくなる。受け取った本を持つ手とは反対の手がアスカに伸びる。はらりと頬に掛かる前髪をさり気なく除けて、アルフォンスはアスカの顔を覗き込んだ。

「嫌だった?」
「……嫌じゃ、ないです……けど」
「けど?」

 アスカの反応で満たされていく気持ちの高ぶりは、抑えようにも抑えられず、また抑えようとも思わなくなっていた。

「あの、そんなに見られると恥ずかしいので……意地悪しないでください。近い、です」

 少し怒った顔で――でも顔を真っ赤にして見上げてくるアスカに、アルフォンスは「うん」と嬉しそうに頷いた。
 現実は夢とは違う。親しみ深い今の関係が続く限りは、夢に呑まれまいと、アルフォンスはアスカの頭を優しく撫でながら思うのだった。