護者と変態そして私

-番外編-

 ※もしも「不毛な恋路」の主人公の同室が善法寺伊作と食満留三郎だったら。

 六年目にして知りたくなかった真実。同室の友である留三郎が私の女装姿――乙女に惚れているという事。今の今までよく襲われなかったものだと思う。まあ、留三郎が私を男としてしっかり認識してくれているからかもしれない。乙女に惚れているのであって私――伏見栢丸に惚れているわけではないのだから。と思っていたのだけど、私は衝立越しに這う隣――留三郎の丸出しな気配を感じた。ある程度まで近付くと動かなくなった留三郎に私は寝た振りで過ごす。変な事仕出かせば返り討ちにする。そう決めて何時仕掛けてくるのか待っているけれど、留三郎は一向に動く気配が無かった。もしかして視姦というやつだろうか。少し荒い息が聴こえてくる。私を見ながら乙女の姿を妄想しているのか。一寸、それは何だか嫌だ。今日迄何とも無かったのに、何で今日に限ってそういう事を――。

「五月蝿いっ」
「ぐあっ」

 目を閉ざしていたから何が起きたのか分からなかった。「五月蝿い」と口にしたのは伊作の声。対して、悲鳴を上げたのは留三郎だった。何、何が起きたの。そっと暗闇の中で目を開けると、私を境にして何かが飛び交っていた。それも伊作の方から留三郎の方へと一方的に。手よりは大きい。でも、陶器とかそこまで固いものではないみたい。壁に当たったり、物が割れたりとかそんな大きな音はしていない。小さな鈍い音が聴こえてくるけれど、どれも留三郎に当たった音みたいだ。留三郎側の衝立からぽとりと落ちてきたものへゆっくりと首を傾けると、何枚も重ねた懐紙を一まとめにしたものが落ちていた。

「栢丸が起きる前に寝ろ、阿呆三郎」
「ひでぇ」
「酷いのはお前の頭だ、莫迦。全く、毎夜毎夜……本当に懲りない奴」

 え、毎夜。

「次、栢丸に近付いたら毒盛るからな」
「見てるだけだろーが。俺の乙女――じゃなくて栢丸の寝顔見るだけで何で伊作に怒られなきゃならないんだ?」
「友が変態に視姦されてたら黙っているわけにいかないだろう」
「俺だって友だろ」
「協力しろって? 僕はごめんだねっ」
「痛っ! お、おい、それ結構痛いんだぞ、やめろって!」

 こんな事が、毎夜。全然、気付かなかった。これくらいの物音がするのなら起きても良い筈なのに。あ、でも、「く、そぉ」とか留三郎の弱々しい声がした。身が布団に落ちる音。起き上がる気配も無ければ動く気配も無い。唯、規則正しい寝息が私の耳に聴こえてきた。

「今日は一寸時間掛かったなあ」
「何したんだ、伊作」
「――っ、栢丸、起きてたの?」


 伊作の方へと首を傾ければ、衝立越しに組んだ腕に顔を乗せる伊作の苦笑顔が見えた。「ごめんね」と口にする伊作は何処か焦っているようにも見えた。

「五月蝿いから薬で黙らせたんだ」
「薬?」
「薬入りの手玉を留三郎の顔面に投げ付けて、眠らせたんだよ」

 懐紙の束に紛れて投げ付けたらしい。留三郎の方へと足を運んでは「これ」と落ちていた手玉を取って見せてくれた。毎晩、伊作は私の為に留三郎を黙らせてくれていたのだろうか。何だか申し訳なくって、私はうつ伏せて顔を上げると伊作に「済まないな」と声を掛けた。私の枕元に座して見下ろしてくる伊作は私の頭に一つ手を乗せると、「気にしなくて良いよ。留三郎が悪いんだから」と。何時に無く優しい笑みで見下ろしてくる。
 でも、留三郎がこうなったのも私の責任でもあると思う。知らずのうちに伊作に気苦労までさせてたなんて。

「僕はちゃんと代価貰ってるから」
「でも――え、……代価?」
「気にしなくて良いから、ね?」
「あ、ああ」

 上手い具合にはぐらかされた気がする。軽く二度叩かれた私の頭は伊作が口にした二文字の言葉が気になって仕方が無かったけれど、すっと立ち上がって衝立の奥へと消えた伊作が「栢丸の寝顔は女の子そのものなんだから気を付けなよ。可愛い顔晒してたら僕だって何時変な気起こすか……」だなんて言うものだから、その二文字の言葉が何処かへ飛んでいってしまった。

「い、伊作!?」
「ふふっ。冗談だよ」
「な゛っ、冗談って――」
「お休み、栢丸」
「お、……お休み」

 ともかく、私は伊作に因って留三郎から守られていたらしい。今度から留三郎が寝るまで寝ないようにしよう。私は固く目を瞑って布団の中に顔を潜らせた。