宿題を終えて来たのだという仙蔵は、今、私の膝に頭を預けて寝ている。先日から一睡もしていないそうで、私の家――笹山家に着き、私と縁側に並び座った途端、私の膝に倒れ込んできた。心地良さそうな夢でも見ているのか、口元が少しばかり微笑を載せている。綺麗な髪を束ねる髪帯を解いて、流れる真っ直ぐな髪に指先を絡めては梳くと、手に心地好い感触が伝わる。私はこの仙蔵の髪がとても好き。

「何の夢を見ているのだか」

 小さく苦笑を零すと、私は仙蔵の髪から一房持ち上げて、三編みし始めた。
 深い眠りから浅い眠りに変わる気配に、私は仙蔵の肩を軽く揺さ振る。一刻程経ったかな。もうそろそろ起こしてあげないと。

「仙蔵さん」
「みつね……」
「起きてください。お茶にしませんか?」
「ああ」

 少し――否、かなり足が痺れている。立ち上がろうとした私はじわじわと広がる痺れに、未だ腰を上げられない。眠気眼で私を見上げてくる仙蔵のこめかみに手を添えて、髪を梳いては紛らわす。仙蔵の寝起きは少し可愛らしい。女装してようものならば、男であれば思わず抱き締めてしまいそうになるだろう。私は小さく笑うと、少しだけ落ち着いてきた足に力を入れて立ち上がった。

「今、お茶の用意しますね」
「ありがとう」

 背後の障子戸に手を掛けて、ゆっくりと引き室に入る。畳の感触が足の裏にじんわりと伝わり、足が縺れそうになった。一歩、二歩と堪える。けれど、三歩目で私は膝と両の手を畳に打ち付けてしまった。

「みつね、大丈夫か!」
「だ、大丈夫です。足が痺れてしまっただけで――ぎゃっ」
「……面白い」

 私を心配して寄って来てくれた筈の仙蔵が私の脹脛を掴む。思わず変な声を出して、痺れる足の痛みに耐えていると、仙蔵は酷い感想を口にした。「面白い」と。何が面白いのだろうか。先日から一睡もしていないという仙蔵に膝枕してあげた恩人に、そんな事言うなんて、失礼極まりない。人で遊ぶ事が好きな仙蔵の性格は今に始まった事では無いけれど、好きだ好きだと乞うその相手である私に対して言う言葉では無いのでは。

「せ、仙蔵さん、放してっ、ん゛~~~~っ!」

 畳に拳を打ち付けて、仙蔵から施される痺れに伴う痛みを必死で堪えた。笑いながら私の足を揉んでくる仙蔵は鬼畜だ。畳に伏して拳を何度も畳に打ち付けて、仙蔵に止める様に促す。でも、仙蔵は聞いてくれない。むしろ、楽しんでいる。嫌だ、嫌だ、痛い、痺れる、止めて。止めてって言ってるのに、何でこの人、止めてくれないの。あ、そうだ。仙蔵は人が嫌がる事をするのが好きだった。

「お、お茶、飲ませませんよっ!」
「私は構わん。みつねのこの――」
「に゛ゃっ!」
「くくっ、反応の方が面白いからな」
「っ――兵太夫~助けて~」

 思わず口にしてしまった私の言葉に、仙蔵の手が止まった。今だ。と、匍匐前進すると足首を掴まれ私はまた「い゛ぅっ」と可愛くない悲鳴を上げてしまう。仙蔵に掴まれた私の足首はずずっと引かれて、私は後退を強いられた。同時に着物の端が捲れる。

「良い眺めだな」
「こ、こんなっ」

 着物に皺が――よりも、太腿が。まじまじ見下ろしてくる仙蔵に、私はかなりはしたないけれど、足蹴りを見舞う。でも、私の足蹴りは仙蔵の顔面に入る事は無くて、綺麗に避けられてしまった。上体を起こして着物の端を直すと、私は仙蔵を睨んだ。女性に――それも武家の娘に何て事をするのだろう。信じられない。本当に、失望した。

「失望したか」
「あ、当たり前です!」
「顔が赤いな」
「赤くさせたのは誰ですか」
「無論、私だ。あんまりにも無防備で、つい意地悪したくなった。無防備過ぎるみつねが悪いのだぞ」

 全速力で走ったわけでもないのに、胸が強く波打っている。余裕な面で綺麗に笑う仙蔵に、私は右手を挙げた。一瞬、瞠目した仙蔵のその頬へ打ち付けてやろうかとも思った。けれど、寸でのところで止めて、私は仙蔵の頬を軽く抓った。

「……今の仙蔵さんは可愛いので許します」
「みつね、それは私の事をす――」
「ご自分の今のお姿、分かってます?」
「は?」

 悪戯好きなのは何も仙蔵だけではない。この私も仙蔵に勝る事は無くても劣る事は無い程、悪戯が好きなのだから。背に一つ、緩く編んだ仙蔵の髪を持ち上げて、私は仙蔵に笑んだ。瞬間、仙蔵の顔が朱に染まる。あ、可愛い。男の人に可愛いという言葉は嬉しく無いものだろうけれど、私は思わず口にしてしまった。仙蔵の耳に届いてると良いなあ。

「……何時の間に」
「仙蔵さんが寝ている間に」
「……遣られたな」

 小さく息を吐く仙蔵に、私は小さく笑った。胸内が少し擽ったい。先とは違う胸の音がとても心地好くて、私は仙蔵の髪を纏めている髪帯を解いて、仙蔵の髪に指を滑らせた。以前は全く慣れなかった仙蔵の優しい笑みに、私は何時の間にか慣れてしまっていた。向き合い笑う仙蔵を見て、私も自然と目元を細めて笑っているのだから。
 気付けば、私の足の痺れは消えていた。