海上で得られる情報は空飛ぶカモメの宅配する新聞のみ。心地好い海風を一身に受け下降してくるカモメにワンコイン弾くと、カモメも応じて新聞を空より叩き落とす。海風に攫われずにメロアの手元に届く程の力に毎回驚かされるが、メロアはカモメの背を見ずに船内への階段へ向かった。
「ふぅむ。今日は鶏肉のフリカッセか……さっきのカモメでも獲っておけば良かったかな。なーんてね」
新聞の端に載るは海上料理人には欠かせないレシピコーナーで、メロアは新聞を手に入れては愛読している。聞き慣れた料理も加える香辛料やら仕込むタイミングさえ違えば味も食感も別のものに様変わりするのだ。
「うちは大どころじゃ済まないくらいの家族だからなあ。二番隊の食を取り持つ責任者と云えど、これは……めんどー」
「おお、上手そうな料理だなあ! それ、食わせろよ」
「ぎゃああっ!」
階段を踏み込んだ矢先に耳元に響く低い声。踏み外しそうになる足は宙を掻き、ふと胸に覚えた違和感がメロアの驚きを掻き消した。
「出たな! 大食らい! あんたの所為でこっちは食材の切り盛りに何時も頭を悩ませてんのよ! 少しは控えるとか考えてよね! ってか、私の胸鷲掴むなってば! こんの……二番隊変態長!」
「揉み易い胸してるメロアが悪い」
「うちにはもっとボンボンしてるお姉様達がいるでしょうが……は、な、せっ! エース!」
「俺の手にはメロアが一番似合いなんだ」
「……好い加減にしろ!」
「ごふっ」
白ひげ海賊団は一船一船に専属コックを設けている。メロアも白ひげ海賊団が一のコックであり、二番隊のコック長でもある事から、料理に掛ける腕前も食材に掛けるこだわりも自負する程に有る。
家族である船員が風邪を引けば身体に良い食事を用意し、リクエストされれば応えてやりたいと思う。だが、エースだけは違った。
「なあ、今日の飯はフリカッセに――」
「却下」
「あのなあ、俺にだってたまにはリクエストさせてくれても良いだろが。他の奴らのリクエストは受け付けるくせによお」
「皆可愛い顔して食べてくれるからよ。あんたは何時も寝るじゃない」
美味しく食べてくれる家族の笑顔が見たいからこそ想いを込めて作る料理に、毎度の事ながらエースは顔面を突っ込んでは眠る。言わば、料理に対して失礼だと、メロアはエースに対して嫌悪を抱いていた。
「口では美味しい美味しい言ってくれるけど、食べてる最中に行き成り寝られてもみなさいよ。失礼極まりないわ」
「……悪かった」
「謝るのも何時ものことじゃない」
不規則な船の揺れを感じながら階段を颯爽と降りていく。背後に尚も着いて来るエースにメロアは一つ溜息を吐きながら振り返った。
エース本人が嫌いというわけではない。人間性からすれば好ましい方に属するが、食事マナーの悪さと胸揉みが邪魔しているだけ。人前では決して触れても来ない手も、人の目の届かない場では何構わず触れてこようとするエースの手。メロアは咄嗟に身を引き、頬を掠めるエースの手を高い音を立て振り払った。
「……今日の料理、顔面突っ込まずに全部食せたらフリカッセ作ってあげる」
「本当か!」
「今日は誰かさんのお誕生日だから……その、腕に縒りをかけて作る料理なんだからね!」
「おい、それって」
そう、嫌いというわけではない。頭では嫌いではないという位置に落ち着かせたいと願っているのだが、恐らく。
「私の作る最高の料理に舌鼓打てるのだから、もっと感謝しなさいっ」
見上げれば口元を覆い隠し悩ましい目で見下ろしてくるエース。
「ほんっと、お前って――」
「さ、さて、と。仕込みに入らないと……」
エースの視線から逃れるように背を向け階下へと降り行くメロアを呆然と見据えたまま、エースは口元に宛てていた掌に小さな笑みを洩らした。
「素直じゃねぇのは相変わらずだな、ははっ」
咄嗟に手で綻んでしまいそうになる口元を隠したが、少しばかり見られたかもしれない。
「……俺もか」
素直さを隠そうとした手は嬉しく綻び赤らんで往く素顔を隠そうと、頭上のテンガロンハットを鼻先へと引き下ろした。