五年を経ての自覚

 秋風よ秋風よと声高らかに待つ残暑の中、三冬は医務室の一室にて横たわって居た。瞼閉じれば終わりの時を悲しむ蝉達の精一杯なる声が耳に入ってくる。交じる規則的な音に意識を持っていけば、それは乱太郎の調合する葉の潰れる音。

「なあ、乱太郎」
「何、三冬。どうかした?」
「俺、何の取り得も無いんだよ」
「藪から棒に……何を言い出すのさ」

 衝立を隔て香ってくる草の苦い匂い。保健委員長の座に居据わる乱太郎は、一見大人しそうな青年に見えるのだが、実のところ、足も速ければ次打つ手も早い。薬物を扱えるという事もあり、普段の穏やかな笑みに隠れた本性は計り知れないところがある。騙すという点においては一、二を争う上手者だ。

「乱太郎は自負出来るもんがあるだろ。俺にもあるかなって考えたら何にも出てこなくってさあ」
「さっきから静かだなと思えば、三冬はそんな事考えていたの?」

 乱太郎の歯の奥で押し堪える笑いが癪に障り、三冬は黙れという意を込めて衝立を二度叩く。乱太郎の笑いが消えた事を耳で確認し、三冬は己の頭後ろに腕を敷き、医務室の天井を見上げた。鼻を刺す草の匂いは慣れに因って眉を顰める事も無く受け入れられるようになってしまっているというのに、自身の取り得を考えれば考える程深みに嵌ってしまう自分とは未だに馴染めないものだと痛感してしまう。何も無い、何にも染まる事が無いということが取り得なのだと決め付け、思考を終わらせられれば簡単なのだが、簡単に割り切れる性格でも無い事は自身が一番に分かっている。

「喜三太は風魔の忍術に関してかなり長けてるし、虎若は狙撃手として既に何度も仕事取ってる」
「で?」
「しんべヱは見目も人柄も良いから順忍として俺達も頼ってるだろ」
「そうだね」
「金吾は剣豪に並ぶ実力だし、三治郎は旅知識豊富だし足腰丈夫だから飛脚として大活躍だ」

 六年は組の皆を思えばするりと口から出てくる羨ましい取り得。勿論、強味だけでなく弱味も大いにある者達だが、その弱味を補うだけの実力があるのだ。三冬にはその弱味を補う実力が羨ましくてならない。

「欠点だらけの俺にもそんな強味が欲しいんだよ」
「三冬にだってあるじゃない」
「そうか?」
「あるよ」

 自身の実力は十二分に理解している。慰め言葉を受けても心に響く事すら無いという事も。

「俺も自分の感情に素直であればさ」
「うん」
「団蔵みたく少しは努力しようとか思えたかもしれないけどさ」
「団蔵は負けず嫌いだからねぇ」
「字下手で、しかも直情でとんでもない事件とか引き起こすけど、憎めない上に頼りにしてしまうんだよな。何でなんだあいつ」
「字の汚さは結局五年経った今でも変わらずだしね」

 不思議と思わざるを得ない。一年生の頃から皆が持っていた取り得。欠点を無くす事は出来なかったが、皆が皆、取り柄を大きく成長させる事には成功しているのだ。

「きり丸なんか五年経っても女装が似合うし!」
「演技上手いもんね、きり丸は。お金には本当に五月蝿いけど」
「伊助も人渡り良いし、何したって器用だし、潜入も上手いしさ!」
「で、次に兵太夫は発想の天才だって言うんだろう?」
「そう! あいつは恐ろしいものばかり作っては試しやがる!」

 思わず額に手を宛ててしまうのは、以前、兵太夫のからくりに額へ一発入れられた事があるからだ。傷は癒えても心に刻まれた恐怖は未だ完治せず。

「でも、兵太夫褒めてたよ」
「何をさ」
「皆、諸に受けるけど、三冬は掠める程度にしか当たらないから作り甲斐があるって」
「まさか、俺の取り柄はそれだって言うんじゃないよなあ、乱太郎」
「まさか。そんなんじゃないよ」

 磨り潰し終わったのか、器と器の打つかり合う音が医務室に硬く響く。

「ほら、足見せて」
「別に酷い怪我じゃないけどな」
「そんな事ばかり言ってると、そのうち腐ってしまうんだからな」
「はいはい。猪名寺委員長には逆らえませんよ」

 布を裂く音に、三冬は手拭いの先を歯で固定し裂く乱太郎の姿を想像する。衝立を隔て座っているとはいえ、物音や衣の擦れ具合によって何をしているのか容易く思い描けてしまう自分に、三冬は少々呆れの溜息を吐いてしまう。

「俺、妄想癖っていうの、やっぱ認めるわ」
「何、まだ気にしてたの、それ」

 物音だけで何をしているのか、また、何を意味するのかなどを当てる遊びが流行っていた時の事を思い出し、乱太郎は苦笑した。動作を事細かく言い当てる他、状況や人の心情なども含め的確に当てたが為、以来、三冬は妄想屋などと呼ばれている。
 乱太郎が衝立より顔を出し、三冬の足元へ座ると、丸めた布に含んだ薬を三冬の左足の傷口に何度と押し込む。

「痛っ」
「私達は三冬のその妄想癖に沢山助けられているというのに」
「はあ? お前、団蔵達と一緒になって俺の事散々妄想屋って呼びまくってたのに、何を――」
「三冬の取り柄、まだ分からない? 三冬は忍びに最も必要とされるものを持っているというのにね」
「……俺にも取り柄あるか?」
「さっきからあるって言ってるじゃないか」

 小皿の薬が量を失う度に三冬の左足は痛みに脈打つ。乱太郎の布持つ手が最後の締めと言わんばかりに三冬の左足に力強く押し付けられ、三冬は傷とは違う痛みに乱太郎を睨み付けた。

「はいはい、そのままだよ。固定するからこれ抑えていて」
「んのやろおぉ」
「傷口にとっても良い薬を上げているのは誰だい?」
「……猪名寺委員長です」
「よろしい」

 長細く裂いた布で三巻き程され足の傷が隠れると、三冬は痛みに耐えながら細く息を吐く。お疲れ様と労わり言葉を口にしながら傷元を二度叩き離れる乱太郎に、一つ殴り掛かってみたいものだが、足の怪我で身動きの取り難い今は好ましい頃合ではない。

「……暑い」
「もうじき涼しくなるよ」

 涼しくなる頃には、卒業という二文字を本格的に意識しなければなくなるだろう。乱太郎は三冬に忍びを目指す者達の羨む取り柄があると言うが、暫し考え直してはみるものの、やはりと何一つ思い浮かばなかった。妄想が何の取り柄になるというのだろうか。

「さっきの話だけど」
「あ?」
「妄想というよりも……先読みや観察に関しては三冬には誰も適わないよ」
「馬ぁ鹿。庄左ヱ門が居るだろ。何時でも、何があっても冷静に判断出来る、我等が六年は組の頭のさ」
「馬ぁ鹿は三冬だろう?」

 乱太郎ではない別の声に、三冬はふと天井を睨み見た。

「庄左……」
「君は本当に……自分以外の事には鋭いくせに、自分に関しては分かっているようで分かっていない」

 天井板が外れ暗い闇が顔を出す。その闇からすっと出でたのは庄左ヱ門で、三冬の座る手前に軽やかに降り立った。

「私はこの五年間、は組の長として確かに君達を纏めてきたよ。だが、何も私だけの力でやっていたわけじゃない」
「私もそう思う」
「……何だよ、二人して」

 目前に腰を下ろし堂々とした面立ちで構え見据えて来る庄左ヱ門の視線から脱したく思い、三冬は医務室の薬棚へと目を背けた。

「照れるなよ」
「あのなあ、俺は照れてるんじゃないの。慰め言葉が虚しいだけだって分かってるから――」
「ねえ、庄左ヱ門。三冬に痺れ薬使って人の話を大人しく聞く姿勢に仕立てたいんだけど、良いかな?」
「って、おい! 乱太郎!」

 衝立を室の端へ動かしつつも笑顔で妙案立てる乱太郎に、ふむと一つ頷く庄左ヱ門。強引な二人の様に三冬は不機嫌面をそのままに向き直ざるを得なくなる。

「今、三冬に馬鹿な事で気落ちしてもらっては困るんだ」
「馬鹿な事で悪かったな」
「もうじき六年組対抗試験があるからな」
「そうなの?」

 三冬と庄左ヱ門との間に茶菓子と汲み水の入った湯呑みを置き、乱太郎は四方を描くように二人の間に座した。先まで拳一つ分は開けてあった戸も、今は蟻すら入れぬ程に閉められている。

「私達の団結にはお前の気にしているその取り柄が一に重要となるんだ」
「妄想かよ」
「妄想じゃ無い。先読みだよ」
「先読みは、下手すれば命取りになる」
「下手な先読みはだろ。三冬は違う」

 真面目な顔で言われると、背筋がむず痒く感じ、視線を背けたくなる。自惚れても良いのだろうか。否、先読みなど、むしろ庄左ヱ門の方が長けているではないか。内心で問答を広げる三冬は今の状況が心苦しく思えた。何故、こうも畳み掛けるように、それも説教の如く己の取り柄を教えて貰わねばならないのか、と。

「三冬は盲点を突いてくれるんだよ。それも的確にね」
「……ただ、普通に考えているだけさ」
「読みは主に普段の生活で鍛練されていくものだから、なかなか伸ばそうにも伸ばせないものなんだよ」
「……っあーもう! 分かったよ!」

 ようやくと、庄左ヱ門の言いたい事が分かった。組対抗や班対抗などで庄左ヱ門と組む時、何故、庄左ヱ門が一に三冬の下へ来るのかも。庄左ヱ門の期待するものが、今、はっきりとした形で理解出来た。

「……で、将軍。俺は何から手始めれば良いかな?」
「五年経ってようやく自覚かよ。まあいい。先ずはそうだな……い組と担任の近況からかな」
「参謀、私としんべヱで引っ掛けてみましょうか?」
「乱太郎は斥候だろ。しんべヱとはきり丸に頼んで、小松田さんを出しに使おう。その方が信憑性も高まるしさ」

 生き生きとし始める三冬の顔を見ては、庄左ヱ門は堪え切れず噴出した。釣られ、乱太郎も口を押さえ笑い出す。
 人にはそれぞれ秀でるものが一つでもあるもの。目に見えるものであれば目に見えぬものでもある。一人極められるものもあれば、人を介して分かるものもある。

「何だよ!」
「いや、本当にさ、何と言うか……これも一種の取り柄だなと思って。い組とろ組が一番に恨んでる奴が誰か分かっていないんだろうな、三冬は」
「無能だとか取り柄無いとか欠点だらけとか、今までよくそれで我を通していたよね」
「う、うるせぇっ!」

 乱太郎の用意した湯のみを一気に呷ると、喉筋がやけに冷たく感じた。