き筆

同室の友が居ないという寂しさがこれ程まで大きいものだったとは

 あの日を境に栢丸との会話が少なくなったと感じる。同室であるというのに、顔を合わせ会話出来るのは朝目覚めて直ぐの僅かな時間と食に着く時間ぐらいなもので、碌な話も出来ず翌日を迎えた。無理も無いか。栢丸は足を怪我して伊作の室に入り浸っているのだ。栢丸からというよりも伊作が保健委員長として栢丸の無理を許さないでいるのだろうが、それにしても室が寂しく感じるものだ。

「仙蔵」
「留三郎か」

 みつねへの文を認めている最中、留三郎が湯上りの顔で俺の背後に座して来た。何を言いに来たのか分かっている。どうせ、あの――みつねと偽って寄って来たくノたまの話だろう。

「釘は深めに刺しておいた。今後は無いだろう」
「まさか、みつねを装ってお前に近付いてくるなんてな」
「俺が学園内でみつねを探し回っていたから、顔を知らないとでも思って騙せるとでも思ったのだろう」
「……みつねは?」
「何処ぞで事の顛末を見聞きしているやもしれんが、これから文を出すところだ」
「そうか……そういや、栢丸は?」

 髪に残る水気を拭うがさがさとした音が俺の頭上より聴こえてきた。「栢丸には話したのか?」「同室なのだから、ちゃんと謝れよ」と口五月蝿く言いつつも俺の認めている文を覗き見ようとする魂胆なのだろう。白紙を表に載せ、俺は留三郎を文机から引き剥がした。

「なかなか言う機会が無くて困っている」
「まだ言ってないのか? あれから二日経ったんだぞ?」
「それが……妙に避けられているようでな」
「……気を遣ってんじゃねえのか?」
「まあ、今まで俺が無理にみつねの話を聞かせていたという事もあるから、うんざりしているのかもしれんが」
「お前、栢丸にどんな話してるんだよ」
「好いた相手の事だ。留三郎も伊作に相談などしていなかったのか? ほら、みつねに惚れる前は栢丸の女装――乙女に叶わぬ想いを寄せていたのだろうが」
「ばっ、違えよ! あ、いや、違わなくはねえけど……」

 顔を慌て顰める留三郎を笑ってやると湿った手拭いで叩かれた。「文に水気が飛ぶだろう!」と拳を返せば、途端、大人しくなる。

「……栢丸にはあまり関係の無い話だからしなくても良いんじゃねえか?」
「話をしろと言ったりしなくても良いと言ったり……無責任な奴だなお前は」
「元より俺には責任なんか無い」
「それもそうだ」

 片膝着いて立ち上がる留三郎を見送って、俺は文机に向き直った。水気は飛んではいなかった様だ。ほっと胸を撫で下ろすものの、俺は胸内に引っ掛かる何かに気を取られ筆を取れないでいた。

「何かあったのか、栢丸……」