の行方

目を背けた理由なんて分かっている

 朝だと感じる私の身体は動かなかった。目蓋が重くて、頭も少しぼんやりしてしまって、腕や足に力が入らない。耳に届く小鳥達の声はとても可愛らしいもので一目姿を見てみたいと思うのだけど、私の身体が言う事を聞かない。左頬や鼻先を埋める布団の心地好さにうっとりとしてしまうものの、馴染みある匂いに目蓋が開いた。

「兵助――の布団……?」

 くん、と鼻先を深く寄せると――うん。やっぱり兵助の匂い。昨夜の事を朧げながらも一つ一つ思い出して、私は徐に起き上がった。昨日に比べたら幾分か気分はすっきりしている。けれど、身体がとても重い。傷の事もあるけれど、これは風邪を引いてしまったのかもしれない。朝一番で伊作に怒られそうだ。いや、風邪よりも何も言わずに勝手に伊作の室を出て行ってしまったのだから、怒りは相当なものになりそうだ。私は肌寒さに粟立つ全身を縮めながら、何とかならないものかと思考を巡らせる。けれど、どうしても良い案が思い付かない。

「寒い……」

 一先ず、兵助の布団を元に戻してから室に戻ろうと私は布団から這い出た。
 そういえば、兵助に預けた簪はどこにあるのだろう。何処何処に仕舞ったと聞いていない私は、何処にあるのか気になって、布団を畳む手を止めて奥の戸を開き見た。後輩の――それも男の室をむやみに漁るものではないけれど、藤の簪の在り処を把握しておいた方がやはり安心するだろうし、何よりも兵助が何処で私の秘密を知るか分からない。誰に売るなり捨てるなりされるか分からないのだから、やはり把握しておくべきだ。と、小棚やら引き出しを開け見る。下から二段目の引き出しを開くと、恐らく女装用のものだろう髪紐やら幾つかの簪の中に私の――藤の簪があった。

「こんなところに……へえ。この簪、兵助に似合いそう」

 藤の簪から目を背けると、目を惹いたのは隣にあった瑠璃色の珠簪で。私はその珠簪を手にふと兵助の豊かな黒髪を思い出した。

「今度、兵助に女装させて町を歩こうかな」

 次の、そのまた次の休みは私が女装して兵助と一緒に豆腐屋へ行く予定だけど、瑠璃の珠簪を飾る兵助の女装姿を見てみたい気持ちが膨らんでしまって、今度お願いしてみようと珠簪を静かに置いた。ゆっくりと引き出しを戻し一息着くと、途端、背後に気配を感じて振り返った。

「あ、居た! 栢丸! 君、何処に行って――」
「い、伊作、お、おはよう!」
「何、人の室を漁ってるの。此処、久々知と尾浜の部屋じゃないか」
「一寸、室を借りて……」
「まさか、此処で寝てたのか!?」
「……あ、うん。済まん」

 心の臓がばくばくと早鳴る。私が引き出しを戻した後に室に入って来たから気付かれてはいない筈。いや、そもそも伊作は私がみつねである事を知らない。きっと、大丈夫。大丈夫な筈。戸をゆっくりと閉ざすと、私は眉間に皺を寄せながら近付いてくる伊作に向き直った。「動かないで」と伊作の手が私の肩を掴んできた。手の届く距離にまた一歩近付くものだから、思わず後退してしまうけれど、伊作がそれを許す筈も無くて。私の額に伊作の額が宛がわれてしまった。離れた途端、伊作の鋭い視線が私を射抜く。

「口開けて」
「あ、いや」
「開けなさい」
「あ……あー」
「……今日は僕の傍から離れないように。保健委員長の命だからね。違えば、酷いよ?」

 口元は笑んでいる。けれど、細められた伊作の目は笑ってはいなかった。