伊作の腕の中に抱き締められたままの私は唯々与えられる優しさに目蓋を閉ざした。留三郎や小平太が意気消沈した時はこの様に慰めていたのだろうか。次第に聞こえ始めた小さな寝息にふと思いながら、私はそろりと身を起こした。闇に慣れてきた目が伊作の寝顔を映す。仙蔵程ではないけれど十分に端整な顔立ちで、でも今はとても苦しそうな寝顔。「泣きそうな顔の友が居たら」だなんて言っていたけれど、伊作の方が十分泣きそうな顔をしている。何で伊作はそんなに優しくて、泣きそうなんだろう。頬に掛かったままの前髪を撫で梳いてやると、伊作の唇が「みつね」と私の名を呼んだ。思わず息を飲んでしまった。寝言でそれは心臓に悪い。
「伊作は――」
「みつね……僕、は」
もしかして、私――みつねの事が好きなのだろうか。みつねを好きだと言っていた仙蔵がくノたまを室に招いたのだから、友として何かしら思う事があるとは思うのだけれど。何で、寝言で私の名前を囁いたの。以前、一年生の頃から恋慕している相手が居るって言っていたけれど。
「違う」
厚かましい事を考えている自分が嫌だ。寝言で名前を呼ばれたからといって好きな人の名というわけでもないというのに。心の奥底で何で伊作を好きにならなかったのだろうと考えてしまっていた自分が居る事に気付いた。と、同時に、私はやっぱり――仙蔵の事が好きなのだと、ようやくと自覚した。途端、喉の奥が熱くなって、嗚咽を漏らしそうになる。嫌だったんだ。私の事を好きだと言っておきながら別の――それも私と偽ったくノたまと共に夜を明かすなんて事。何で気付かない。言い寄ってきた時に私ではないと、どうして仙蔵は気付いてくれなかったの。何で、何で、室に来る事を是としたの。どうして同室の栢丸がみつねだと気付かないの。長次や留三郎は直ぐに気付いたというのに、勘の良い仙蔵がどうして。
「伊作みたいな人を好きになれば良かった……」
何故、私は仙蔵を好きになってしまったのだろう。好きになるなら伊作みたいに一途に想ってくれる人を好きになれば良かったのに。男であればこんなにも苦しい想いをせずに済んだだろうか。男として、友として、心を揺さ振られずに仙蔵の隣に居られたのかもしれない。男に生まれたかった。恋なんて知りたくもなかった。
ぽたり、ぽたりと一つ二つと落ちる涙も気にせず、私は伊作の髪を一撫でして立ち上がった。ずきりと痛む足を庇って戸へと進むと、そのまま私は静かに室を出た。こんな顔のままでは寝られない。寝て起きたらきっと伊作は――悲しい顔をしてくれるのかな。慰めてくれるって言ってくれたくらいだから、泣いた顔を見せたらきっと悲しむ。ゆっくりと音を立てないように、私は一夜を一人で過ごせる場所へと足を進めた。
五年生長屋の一室――兵助と尾浜の室の戸を開けて、私は静かに入った。辺りの気配の無さが寂しいと思える程に一人なのだと改めて思うと、私は冷たくなった頬を袖で拭った。伊作の室を出てから此処までどれくらい掛かったのだろう。熱る足の所為で普段よりはかなり掛かっただろうけれど、然程時間は経っていない気もする。風邪引くとこれもまた伊作に怒られてしまうだろうから、兵助若しくは尾浜には申し訳ないけれどお布団を借りよう。部屋の両隅にきちんと畳まれ並ぶ布団。どちらが兵助のものでどちらが尾浜のものかは分からないけれど、向かって右奥の布団を引っ掴んでは勢い良く敷き広げた。枕なんて要らない。少しでも温まる事が出来ればそれで良い。人のものを借りておいて乱暴に扱う今の私には配慮という言葉を失っていた。寒い。眠い。何も考えたくない。今は唯、何時もと変わらない明日を迎えたい。それだけだった。本当に、それだけ。